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「スローフード」から「スローメディシン」

大阪市 笹川皮フ科 笹川征雄

 「スローフード」(slowfood)という言葉を聞いたことがありますか。食文化ではちょっと話題になっています。最近、スローフードについて取材する機会がありましたので、さわりをご紹介したいと思います。

 大阪駅前ビル南側の幹線道路を渡ると北新地の入り口ですが、酒も飲まないくせに華やいだ気分になるのは北新地の魔力なんでしょうか。取材先のイタリア料理店「マンドリーノ」は、幹線道路から2筋目を入ったところに店を構えています。瀟洒な店の間口はたかだか3mほどなんですが、店内は30名ほどの客席があって意外と広く感じるのです。
  落ち着いたセンスのよい南イタリア風の内装が、せわしく雑多な日常空間から別世界へと誘ってくれるのです。「マンドリーノ」は、知る人ぞ知る南イタリアを中心とした料理を得意とする有名店ですが、パスタ通でなくとも、「マンドリーノ」→「ワタリガニのスパゲティ」と即答できるほど、この一品はマンドリーノを代表する有名料理なんです。ちなみに満員になった客席のテーブルを見渡すと、ほとんどの客がワタリガニのスパゲティを食べていると言ってもよいほどです。マンドリーノを知ったきっかけは忘れましたが、我が奥様とご一緒のディナーやスタッフの懇親会など、これまで10回ほどお世話になりました。

ドアを開けて入った取材一番乗りの私に、丁重な案内をして下さった紳士がオーナーの大久保裕康氏である。長身ですらっとした体型、南イタリアを思わせる白いスーツとお洒落でラフなシャツを着こなしたセンスは、とても私と同年代とは思えないくらいでした。
  さて、本日の取材のメインテーマは「スローフード」(slowfood)です。スローフードとは一体なんぞや。ハンバーガー・ホットドッグなど、素早くできる手軽な食品や食事の意であるファストフード(fastfood)に対比した語句であって、家族や友人とゆっくり時間をかけて食事を楽しむことであろうぐらいに思っていたのですが。
  大久保氏は、自分の料理へのこだわりや歩んできた軌跡と重ね合わせて、スローフードの意味や由来について、手を振り身を乗りだし資料を見せて熱っぽく語り始められました。大久保氏の話を聞くうちに、スローフードが単にゆっくり食べるという狭義解釈ではないことがわかったのです。

そもそもスローフードの概念は、イタリアのブラ(BRA)という素朴で質素な村が発祥の地なんです。ブラ村にスローフード協会本部がありますが、会長カルロ・ペトリーニ(CarloPetrini)氏は「私たちはスピードに束縛され、習慣を狂わされ、家庭のプライバシーにまで侵入し、ファストフードを食べることを強制されるファストライフというウイルスに感染しています。そこで、ホモ・サピエンスは聡明さを取り戻し、我々を滅亡の危機へと追いやるスピードから、自らを解放せねばなりません」と述べています。『スローフード宣言』では、3つの指針を掲げています。

1.消えて行く恐れのある伝統的な食材や料理、質のよい食品、ワイン(酒)を守る。
2.質のよい素材を提供する小生産者を守る。
3.子供たちを含め、消費者に味の教育を進める。

 1989年にスローフード協会が設立されてから現在まで、世界の会員数は7万人以上と言われています。スローフードの概念は、日本でも共感を呼び、全国各地に支部が設立されているのですが、日本スローフード協会は、「理論」よりも「実践」、「現代社会への警鐘」よりも「新しい価値の創出」に力点を置いているとし、『スローフード宣言』の骨子に沿って以下のように発信しています。

1.食の源となる種の多様性を守るさまざまな地方・地域に息づく多様な食を認め合い、愉しむことが、「スローフード」の出発点であるという信念のもと、その源である生態系の多様性を保持していくこと。とりわけ、世界を大波のように包み込もうとしている食の均質化の中で、消えかかっている優れた品種や伝統的な漁法・加工法を発見し、守っていくこと。

2.生産者と消費者を守る質のよい素材を提供してくれる生産者と消費者とが、より緊密な関係をつくっていくことを通じて、すぐれた小規模生産者を守っていくこと。同時に、食べ物がその手間に見合う適正な価格で流通するようなフェアな市場をつくっていく。

3.味覚の教育すぐれた素材や調理法への感性を育み、真に快適な食卓をとりもどすために、消費者の五感や好奇心を、食を通じて刺激する機会を提供すること。とりわけ、五感の発達期にある子供たちへの味覚の教育に目を向けていくこと。

 大久保氏は、伝統的な料理を、手作り感を残しながら、家族、友人とゆっくり食事をすることがスローフードの原点であると言われました。日本にはスローフードが育つ土壌があるが、核家族化で伝統的な食材や調理法が次第に失われつつあることを危惧されています。イタリアでは今でもおばあちゃんがスパゲティを打っているとのことですが、子どもの将来の健康を維持する正しい食生活と正しい味覚を守るためには、子どもの時からおばあちゃんやお母さんの伝統的な手作り料理を食べさせることが大切と思うと言われました。世界共通コングロマリットの造ったハンバーガー・スパゲティ・カレー・スナックに慣れさせられた子どもたちの味覚では、将来の日本固有の農業や漁業が育つはずがありません。今でも日本の食料自給率は40%であるのですから。
  スピードと経済性、目先の利便性を追求した人間の傲慢なやり方が、地球環境や生物までも破壊してしまいました。食文化崩壊の兆ししかり、医療政策や医学においても然りではないかと思うのです。固有性と多様性、良質な仕事、相互のよき関係を育むなど、「スローフード」の概念には、今の医療政策や医学の課題に共鳴するものがあるのではないかと思います。医療もこの辺で、経済性を優先した「ファストメディシン」(fastmedicine)から、病んだ心に潤いを与える「スローメディシン」へシフトする時が来たのではないかと思うのです。取材を終えて店を出ると北新地に小雨が煙っていました。色とりどりのネオンが瞬いて、不夜城のドラマが始まろうとしていました。大久保氏の多彩な生き方に触れた感動と、南イタリア料理の極みを食した満足感に浸りながら、華やかな衣装をまとったホステスさんの出勤の流れを受けて帰路につきました。

参考資料

1.「スローメディシン」(slowmedicine)は筆者の造語
2.SlowFoodJapan.公式ウェブサイト http://www.slowfoodjapan.net/
3.中部・名古屋コンヴィヴィウム 
4.マンドリーノホームページ http://www.mandolino-jp.com/info.html
5.スローフード本部 http://www.slowfood.com

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